2012年7月10日火曜日
川久保玲 インタビュー 1992
「言いたいことは全部、洋服の中にある」
コムデギャルソンのデザイナーであり社長である川久保玲。「観る人の価値観を問うものを創りたい」と語る彼女は、洋服で精神を表現する。破壊的で乱雑な東京で、静かで瞑想的なファッションを創造するデザイナーだ。
川久保玲は1942年に生まれ、東京で育った。64年に某繊維メーカーに入社し、67年に独立。そして70年代の初め、東京の原宿に小さな仕事場を構え、コムデギャルソンの名で自分の服を売り始めた。
「今もそうですが、あの頃私も周りで一緒に働いている人々にいつも力づけられていました。当時の私の目標は、デザイン活動よりもむしろ自分自身の力で何かを為すということにありました。独立した人間として働くことが私にとって最も重要と思われたのです。その仕事が偶然ファッションの世界にあったというだけのことです。自分の名前を売るつもりはなかったので、ブランドネームに自分の名前は付けませんでした。コムデギャルソンという言葉は、その響きが好きで選びました。その頃の私には、今のようにコレクションを開くなどということは想像もできませんでした」
川久保の作品は、10年前にパリで発表された簡素なモノクロームのラインから徐々に発展してきている。地球文化の結合を表現した今シーズンのコレクションでは、インドのエレガンスと日本の形式美と西洋の伝統をミックスし、切り刻んだトレンチコートやベンツをカットしたジャケットなどを発表した。
「今回は、今までより精神的な表現を目指しました。構成にあたってはまず、自分が創りたいものの抽象的な概念と漠然とした感覚を基に、さまざまなテクニックでの表現を試みます。今回は民族的なテイストと精神的な要素を結び付けようと思いました」
変化を続ける感覚を表現する
テキスタイルデザイナー松下弘は、コレクション毎に糸の段階から素材のプレゼンをする。またショーの音楽を担当する桑原茂一も、リハーサル中まで曲の差し替えに余念がない。川久保と組んで仕事をしている人々は、彼女のコンセプトを余すところなく表現することに腐心し、時間が許す限り改善の努力をする。
川久保はある特定の人間を思い描いてデザインしているのではない。「ファッションは着る人の人間性を包含するものです。それは常に政治や経済と密接に関わっており、変化し続けているので私は退屈しません。美しさや格好良さに対する感覚は人それぞれです。私の感覚も常に変化しています。だから私には美とは何かという確固たる定義がないのです。ショーのモデルには、強くて自立した人を選びます。人によっては彼女たちを嫌うかもしれませんが、私はそういう女性が好きです」
川久保の関心は永続的な価値を創造することにある。しかしそれは今日の消費社会の逆説でもある。
「私の作る洋服は高価ですが、それは特別の生地を作って、あらゆるディティールにまで確かな技術を追求した結果そうなるのです。3着の洋服を買う代わりに、どうしてそのお金で1着買ってそれを楽しもうとしないのでしょう。世の中には不必要なものが多すぎます。この会社がたくさん洋服を作らなくても経営がうまくいくように願う一方で、人々の価値観が変ればいいとも思います」
コムデギャルソンの存在意識
川久保の特徴は物静かなこと、自制心が強いこと、それから男社会にあっても自身に満ちていることである。
「静寂はとても大切です。ひとりでいる時、私はとてもリラックスしています」
---- 東京に静かな所はありますか?
「本当の静けさはありませんが、朝は落ち着いています」
---- 世界中でどこが好きですか?
「歴史的、文化的な背景をもった場所に魅せられます。それから大きな木の下も好きです。だからパリでは通りを歩いているだけで心地よくなります」
日本社会は秩序だった保守性と乱雑さを兼ね備えており、その中心にある東京は破壊的であると同時に刺激も多い。このように混沌とした状況の中で、秩序や瞑想的な静けさを創造することは大きな意味を持つ。そして、これこそがコムデギャルソンというブランドに明確な存在意義を与えている。
「私は観る人の価値観を問うコレクションを創りたいと思います。話さなくても洋服を見れば私のことが分かります。言いたいことは全部、洋服の中にあるのです」
---- 毎年たくさんのラインを発表し続けていますが、プレッシャーを感じることはありませんか?
「そんな時は『きっとやれる』と自分に言い聞かせます。中途半端や軽薄なことは大嫌いです。コレクションの度にこれが最後かもしれないと思います」
---- 将来の夢はありますか?
「いいえ!あなたにはあるんですか?」
(文中敬称略)
テリー・ジョーンズ=インタビュー・文
石川れい子=翻訳
i-D JAPAN 1992年4月号より
1992年のインタビュー記事です ○
oeuvre4e;ウーヴル
https://oeuvre4e.blogspot.com/2012/07/1992.html川久保玲 インタビュー 1992
2012年7月9日月曜日
FIRST AID KIT Special Acoustic Session
First Aid Kit Special Acoustic Session directed by Sleepers Film
2011年12月に東京・中目黒某所で決行されたファースト・エイド・キットのシークレット・
アコースティック・セッションの模様を映像制作グループ SLEEPERS FILM が収録
[ INTERVIEW ]FIRST AID KIT 2012 . 02 . 06 ( Mon )
… 見つけてしまいました ○
シークレット・アコースティック・セッションの模様とインタビュー記事です ○
oeuvre4e;ウーヴル
https://oeuvre4e.blogspot.com/2012/07/first-aid-kit-special-acoustic-session.htmlFIRST AID KIT Special Acoustic Session
FIRST AID KIT - Wolf (unofficial video)
スウェーデンはストックホルム郊外出身の
クララとジョアンナのソダーバーグ姉妹からなるフォーク・デュオ ○
デビュー前に YouTube で披露した
フリート・フォクシーズの名曲「 タイガー・マウンテン・ペザント・ソング 」の
カヴァーが世界中で 250 万回再生され注目を集めた姉妹 ○
“ Wolf ( iTunes Bonus Track )” が いいね!
oeuvre4e;ウーヴル
https://oeuvre4e.blogspot.com/2012/07/first-aid-kit-wolf-unofficial-video.htmlFIRST AID KIT - Wolf (unofficial video)
Papier collé(仏)
Papier collé(仏)
パピエ・コレ
フランス語で「貼りつけられた紙」を意味し、紙片(新聞紙・雑誌や包装紙、壁紙など)、木片、写真などをキャンヴァスなどにのりで貼りつけたり、ピンで留めたりする技法、およびそれによって作成されたコラージュ作品のこと。この起源は、ジョルジュ・ブラックやパブロ・ピカソによるキュビスムにある。「分析的キュビスム」(1909-11年頃)において、主題の解体を推し進めた結果、画面上で主題を認識することが困難となった。主題そのものが失われかねないところまで解体が進んでしまえば、主題を分析、解体して再構築することの意味が失われることになってしまう。それを避けるためには認識しうる対象を画面に取り戻さなければならないという発想から、パピエ・コレは生み出された。これが作品として現われるのは、1911-16年のキュビスムの第三段階、「総合的キュビスム(コラージュ・キュビスム)」と呼ばれる時期である。「認識しうる対象を画面に取り戻す」、それは実際の(日常的な)物を画面に取り入れ、主題を強調しようとすることであった。この考えは20世紀の美術に影響を与え、この技法をダダイスム、シュルレアリスムが応用、使用することとなる。
複雑なものは簡単に
簡単なものはより深く
曖昧なものは曖昧に
ただそこに執着があるだけ … ◦
oeuvre4e;ウーヴル
https://oeuvre4e.blogspot.com/2012/07/papier-colle.htmlPapier collé(仏)


